スキップしてメイン コンテンツに移動

投稿

スイーツのイラストを描いた理由

私がお菓子のイラストを描こうとおもった理由。 それはお菓子への特別な思いがあったからです。いつかわたしはあのイラストのようなティーパーティーを開いてみたいと思っています。見た目に美しく、しかも体に負担のないスイーツを提供できるよう、まだこれから腕を磨かなければいけませんが。

上の写真は私が作ったグルテンフリー・ヴィーガンチーズケーキ。イラストにしたケーキのイメージとなったバラと。
そして下の写真、左がネイキッドケーキ。右がチョコレートカップケーキ。どちらもグルテンフリー、ヴィーガンです。ネイキッドケーキは本当は小麦粉で作ったらもっと膨らむのですが、グルテンフリーだとほとんど膨らみません。だからイラストの中で理想を膨らませたのですね、あはは(笑)。

私の息子は生後6ヶ月頃から重篤な食物アレルギーを持っていました。小麦粉、卵、乳製品、ナッツ類全部アウトです。スイーツのみならず、市販の加工品なども一切食べさせられないので、結構食事やおやつに苦労する日々です。 一番上のローヴィーガンケーキのように、カシューナッツが原料となってるものは息子は食べれません。唯一食べれるアーモンドに代えたら、失敗したことも。
先日プリンセスマーガレット病院で、2年ぶりとなる卵アレルギーのテストをしました。私が作った卵入りのマフィンを20分ごとに一口ずつ、ナースやドクターの見てる前で食べさせ反応を見るテストです。息子は最後の一口を終わる直前に、くしゃみを2回し、少し痒そうに口の周りをポリポリ掻いていましたが、以前と違ってひどい反応ではなかったので、今回このテストに合格しました。まだ食べれる量に規定がありますが、週に1度、卵入りマフィンを半分だけ食べれるようになったのです。
そんなこんなで、私が息子に与えるスイーツは全部家で手作りしたものです。小麦粉の代わりにもっと栄養価の高い粉を使ったり、パンの粉を自ら合わせて焼いたり、とにかく『アレルギーを起こさない+どうせ作るならもっと体に良いもの』を念頭において、様々なことに挑戦してきました。 まず原料を厳選することから始め、砂糖の量を極限まで減らした結果、今では私にとって”自ら作るお菓子は体に悪くないもの”という概念に変わりました。
下の写真はグルテンフリー・ヴィーガンオレンジケーキ。

昔は息子に食物アレルギーを早く克服してもらいたい、早く楽になりたい…
最近の投稿

フリーイラスト/テーマ・スウィーツ

今回のフリーイラスト、テーマは『スィーツ』です。
このイラストは、今まで自分が作ったことのあるケーキやスコーンをモデルに描きました。ただケーキは実際のより10倍ぐらい美化したバージョンなんですけどね、あはは(笑)。 後日、このイラストを描こうとおもったきっかけをお話ししようとおもいます。
真ん中の背の高いケーキはネイキッドケーキと言います。全体に薄くアイシングされたケーキですが、ところどころスポンジの生地が見えてるのでそう呼ばれてます。 バラやオーキッドのような?お花をトップに、サイドにはマカロンをデコしたおしゃれなケーキですが、今オーストラリアでは、このような背の高いケーキやネイキッドケーキが大流行しています。
こちらのイラストは、パティスリー、製菓専門学校、お菓子教室やお菓子のレシピを紹介するサイトなどにお使いいただけます。
キャプションなしのイラストも追って公開しますので、しばらくお待ちくださいね!
スイーツのイラストを描いた理由


共通点で結ばれる

金曜日、家族でネッドランズにあるカフェへ。 たまにしか行かないのに、いつも接客応対がナイスで、とってもフレンドリー。オーナーだと思いますが、毎度しぼりたてのジュースやバナナシェイクを子供達にサービスしてくださったりして、通常のカフェとは全然違います。 その後、行きつけのフローリストに寄って、アネモネを買いました。
私はこうやってカフェに行ったら、必ず帰りにお花を買うのをセットにしています。こうすると、超時短で一週間の疲れが吹っ飛び、休みモードに気持ちを切り替えることができるからなんです。女性は家事育児など多くのことを同時にこなすだけに、脳は男性より休息を必要とするって聞いたことがあります。本当に特に母親になってからそう思います。複数の用事を一気にこなさなければ、一日が終わらなくなってしまいましたから。
さて、今日はパースで知り合った大阪出身の友人とフリーマントルで落ち合い、BREAD IN COMMONでランチをしました。お互い子供達を旦那に託し、緻密な計画で以ってガールズデートをしました(笑)。共通点が多く、もっと早くに出会えてたら良かったのにねと話しましたが、母親になって、何倍も成長してから出会ったのには意味があったんだろうね、とも話しました。
明日は息子の幼稚園の友達のご両親が、家に招待してくれるそうです。まあ子供同士が仲がいいので、私たちも仲良くさせていただいてます。 彼女の家に初めてお邪魔した時、玄関の鏡の前にゴージャスにお花が飾られていました。子供達が仲がいいわけ、そこには親同士のちょっとした共通点があるということなんですね。夫婦とも日本が好きで、こんまり流の断捨離もやっていて、日本を出て長い私は、こんまりについて彼女から初めて教わったのでした(笑)。


幸せへのステップ2

前回の話→幸せへのステップ1

まずは事実を受け入れることから頭の整理をつけなければ、暗闇から抜け出せないことがわかってきました。このような出来事が起こり、事実はこうなのだと。

というのも私はしばらくの間、もしかしたら旦那に起こったことが夢なのではないかと、いや夢であったらいいのに!と、彼の片目失明以来、朝目覚めたらずっと思っていました。そう思うことは、現実から逃げ出したいという強い表れだったのです。

5年前の春を最後に、彼の片目には真っ黒のカーテンが引かれました。その後、何も色形になるものは映し出しませんが、かろうじて生きてるであろう部分の視神経が脳に伝達し、チカチカとした光だけを時折目に映し出しています。
片目の視界を失った瞬間から、もうとっくに彼は現実を目の当たりにしていましたから、それを受け入れていたのだろうと思います。後悔の念と今後の人生への不安だけが、彼を苦しめていました。

私はなんとかこの堪え難い現状から抜け出さなければと思うも、思考は麻痺したかのごとく、そこから逃げることばかりです。長い間苦痛に耐えると、人はやがて闇に葬り去られ、そこから這い上がることができなくなってしまいます。
そうなる自分を救おうと、私はその間も毎日コンピューターの前に一度に最低でも2・3時間は座って、必死で病気についての情報を探し続けました。病気についての実情を知り、良くも悪くもすべてを受け入れたいとおもいました。

視神経炎で失明するとは、どのサイトにも書いてありませんでした。ただある一つのサイトで、まれにあり得るとの記述を目にした気がしますが。医者が言った通り、異例のことであったのはほぼ間違いありません。

とにかく今思うことは、あの一週間、不運が重なって、決断が遅れて、私たちは最後の最後まで目を救うチャンスを手にすることができなかったということ。見捨てられ、まるで切り捨てられるように、良き人との出会いに恵まれなかったことが最大の不運であったと気づき、悲しみを増長させました。



MEGUMI SOAP場所変更のお知らせ

緊急のお知らせです! 明日ポップアップマーケットにて出店予定のMEGUMI SOAPですが、 場所が急遽変更になりました。
場所はWestfield Whitford City Hillarysです。
TYPOの横にストールを構えているそうです。
営業時間は9時から17時まで。

全部で14ものお店がセンター内で二つの場所に分かれて、様々なハンドメイド商品を販売しています。この週末、ご家族で少し足を延ばしてマーケットでのショッピングを楽しまれてはいかがでしょうか?
ショッピングセンターへの行き方は下記のサイトをご覧ください。
Westfield Whitford City


音楽 フリーイラスト・ロゴ

前回話しました『音楽』がテーマのフリーイラストです。 前回の記事→フリーイラスト/テーマ・音楽
アートの視点から紹介しています→フリーイラスト・音楽

ロゴ、挿絵、広告デザインとしてお使いいただけます。商用か趣味用かは問いませんので、ご自由にどうぞ。ただしイラスト・ロゴの販売目的でのご利用は固くお断りします。

もし差し支えなければ、このイラストを使いになった場合、”このように使ってますよ”と、あなたのビジネスや趣味のブログなどを私に知らせてくだされば嬉しく思います。
特にビジネスを経営の方は、ご希望の場合やご承諾いただけるのみですが、私のインスタグラム、フェイスブック、ブログ、もしくはそのいずれかで紹介させていただければと思います。


******
イラスト・ロゴのデザインを承ります。
手描き感が特徴のオリジナリティーのあるデザインで、 世界にたったひとつのロゴを作りませんか?
修正無制限。 全工程をお客様のイメージ通りに作り上げていく、オーダーメイドスタイルです。
AS$200~
******
上のイラストに
☆ビジネス名を入れたい ☆デザインを少し付け加えてほしい
☆イラストをロゴにしたい
などの簡単な加工はAS$20でいたします。 (為替の変動に関わらず、1ドル=100円で換算)
お問い合わせは下記までお願いいたします。

contact@celebrityartprints.com

幸せへのステップ1

私が夢に向けて動き始めてから、ブログを訪問してくださる方が増えました。みなさん、いつもご覧下さり本当にありがとうございます!

少しはこのブログにも重要性が出てきたのかなと思い、ベストなタイミングでこのことについての投稿をしようと思いました。旦那と私の人生に大きな影響を及ぼした出来事です。これからぼちぼちと、何回かにわたって綴っていきたいとおもいます。


ちょうど5年前の今日、突然旦那が「目の後ろが痛む。視界に輪が見える」と言いました。このときに病気が発症しました。病名は視神経炎でした。
開業医(ここでGPと言います)の誤診から始まって、およそ1週間で片目の失明に至ったのです。
けれど実際は、視神経炎は予後が良い病気と考えられ、このように至るケースは稀でした。非常に稀だから、その後に送られた病院の専門医でさえ処置を誤ったのです。

失明してから、何ヶ月もかかってわたしはこの病気についての真相をネットで探しました。どのサイトを見ても、旦那に起こったことはまさかと思わざるを得ません。そもそも病気自体が、日本では10万人に一人の割合で発症するほど稀であることから、経験者やその家族がネットに体験談を書くなんてのは皆無に等しい状況で、医学のサイトだけでは、ある程度の知識までしか得ることができませんでした。

もし旦那と同じ病気にかかり、失明や視神経炎で検索し、ここに辿り着いた方がいたなら、これからわたしが書くことが、その人たちのなんらかの助けになることを祈っています。
そのような人たちのために、絶望から幸せと感じられる今日まで、どのように二人で気持ちを一つにし、力を合わせて立ち上がったのかを綴っていきたいとおもいました。


旦那は私の前で一度も取り乱すことなく、ひとり静かに、これから片目で残りの人生を生きていくという試練に立ち向かおうとしていました。私はそんな彼のそばで、病気が発症してからの3ヶ月間を毎日泣いて暮らし、朝の日差しと夜の暗闇の違いがわからないぐらいに気持ちが沈み、心身とも疲れ果てて、いつしか健康な時には決して見えなかった『普通の暮らし』という幸せを再び取り戻したくて、元の生活をなによりも強く願うようになりました。

今思えば、その幸せへの強い願いが私の潜在意識に働きかけ、そうなるように自然に行動していったのではないかと思っています。もうこんな状態では生きていけないというぐ…